イシャナから悪意を感じることはないが、どこか胡散臭いその雰囲気に、いつも感情を乱される。
 それは多分、月夜自身のせいでもあるのだ。
 学舎に入ってから、まわりには月読を目指す対抗意識の強い人間がひしめいていた。
 他人の脚を引っ張ってでも上に昇りつめたいという、そこでは当たり前の思考の中、いつしか月夜の自意識は埋もれていく。
 そうして過ごした日々はやがて実を結び、月夜は晴れて月読の称号を手に入れた。
 しかしひきかえに、築けたはずの友情も信頼関係も、学舎では手に入らなかった。
 人を見たら泥棒と思え。そんな風に、誰かを簡単に信用することができなくなっていたのだ。
 頑なだった月夜にとって、イシャナはあまりに気安過ぎる。

「…………なぜ、ついてくる」

 学舎から博士部屋をすぎて、そのまま外に出ていこうとする月夜を追う気配があった。
 誰なのかは明らかだった。

「月夜様こそ、どちらに行かれるんです? あ、もしかして、好い人と逢い引きとか云うんや――」

「帰れ」

 月夜は青筋を浮かべて語調を強めた。イシャナのチャラい態度に、ますます首を捻るばかりだ。
 ナーガの民が全員こんなだとは思いたくないが、ついその性質を疑ってしまう。

「ところで月夜様。貴方の式(しき)が、魔生のモノと云うのはホンマですか?」

 月夜は固まったように脚を止めた。