月読生として一心不乱に勉強してきた幾年もの間、自分を養ってくれた白童に報いたい一心で、月夜は居心地の悪い環境に耐えてきた。
 そして一国の皇子でありながら、兄弟のように慕ってくれる十六夜の、微力ながらも助けになりたくて。
 しかしそれだけではない――

「いま時分、こないなとこに何の用ですの? 月夜様」

 学舎からあと一歩というところで、後ろから話しかけてきた、この国ではあまり馴染みのない音調に脚を止める。
 ここ最近よくその声を聴かされていた月夜は、諦めにも似た心情で主を振り返った。
 ガルナの民は、そのほとんどが銀髪に浅黒い肌をしている。
 その瞳もガルナ人特有の灰色が一般的だ。
 だが月夜が見たのは、蒼白の真っ直ぐに伸びた髪を後頭部でまとめ、人懐こい青緑の目を輝かせた異国の少年だった。

「またそんな冷たい顔して、いけずやわぁ」

 しなを作り、すりよってきた彼から一歩身を引くと、月夜はあからさまに不快な表情を浮かべる。
 正直、なぜ自分がこんなになつかれているのか理解出来なかった。

「イシャナ…お前はどうしてここに?」

 彼は、月夜が月読博士の称号を戴いたと同じ頃、隣のナーガ王国から派遣されてきた研究生だ。
 けれど、その行動範囲は学舎にはなかったはず。
 なぜならずっと、イシャナは月夜にくっついていたからだ。