先刻の境界線にたどり着くと、雪の消えた方角へと月夜は赴いた。
 居場所などなにひとつわからぬまま、ひたすら軌跡だけを追う。
 微かに残る雪の匂いがわかるのか、阿修羅が月夜を乗せて勢いよく跳躍した。

 この胸の奥でモヤモヤととぐろを巻くものがなんなのか、月夜は雪に逢えばわかるような気がしていた。
 もしかするとあの、姿なき視線の意味も…。

――逢いたい。逢って確かめたい。あなたは云った…ボクがすべてを知っていると。

「みぎゃう!」

 阿修羅が警戒した声で啼いた。
 見ると木々を隔てた闇の向こうに、同じ速さで並行する気配があった。

「…なんだ?」

 それはだんだんとこちらに近づいてくる。
 次第にその姿がぼんやりと浮かび上がった。
 月夜は目を疑った。
 人だ。いや、巨大な人間のような獣が、四つ足で地を這っている。
 おぞましい気配を纏った獣の血走った眼が、ギロリと月夜を捉えた。
 全身から血の気がひく。
 これは明らかに敵意だ。
 しかも感じたことのないほど強い闇の気配。
 精霊が放つそれとは比較にならない。

――まさか、これが…。

 あのとき、危機から月夜を救った巨人。
 朧気にしか記憶にないうしろ姿が脳裏をよぎる。
 信じられない思いが月夜を打ちのめした。
 信じたくもなかった。
 あの巨人から感じたのは、こんな禍々しいものではなかったはず。

「逃げ切れるか、阿修羅」

 山の中で叉邏朱を召喚するのは無茶だ。
 しかし阿修羅を戦わせるにはまだ不安がある。
 このまま獣を引き離せるなら、その方が月夜にとっても分はありそうだった。
 阿修羅は意思を読んだように、月夜を乗せて素早く跳んだ。
 もうすぐ霊山を抜ける。
 そうすればきっと獣も追うのを諦めるだろう。
 月夜は唇の裏を噛みしめていた。