雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜

「そうか……だが、俺のものでもない。それは勝手にお前についていった。好きにすればいい」

「そんな…私はなにもしていないのに、精霊が自ら人に下るなど…」

 式が月夜の頭に鼻を擦り付けてきた。

「…気に入られている」

 男はゆるりとうなずいてみせる。
 月夜は胸がじんわりとする不思議な想いを抱いて、その鼻をおそるおそる撫でた。
 いずれ返さねばならないと、名を呼ぶことをしなかった。
 それに…これは闇のもの。傍に置けば、いやでも自分の闇を見せつけられる。
 月夜の考えを知ってか、すがるようにクフクフと鼻を鳴らすそれに、きゅっと胸が締め付けられた。

「そのまま捨て置いても、 お前を追うことはない。…ただ、もとに戻るだけだ」

「もとに…」

 それではまるで、人の都合だけで悪戯に使い捨てられる駒のようではないか。
 月夜は眉をひそめた。
 しかしこんなに、感情を揺さぶられることは久しくなかった。
 そんな自分に戸惑いを感じつつ、ふと浮かんだ言葉を口にのぼらせる。

「阿修羅(あすら)」

「にゃうん!」

 月夜が名を呼ぶと、それは嬉々として天を仰ぐ。
 ふかふかの首に顔をうずめた。
 桃色の冷たい毛が肌に心地よかった。

「すまぬ…お前を嫌っているわけではない。私は…私の中の闇を知りたくない…それだけだ」

 傍にいたわずかな刻が、ほんの少し月夜に変化をもたらした。
 闇への畏れ、魔に対する偏った知識が、心根をかたくなに支配しているのではないかと、ふと思うことがあった。
 イシャナの言葉がよみがえる。

『そやから、神も魔も、同じ神様やと云うことです』

――けれど、やはり神は神で、魔は魔でしかない。そしてボクは…。

「お前は闇を畏れているのか」