雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜

 月夜が側使でなくなって、少しあとのこと。
 ガルナとナーガが同盟国として交流をはじめたことが、透明な水に色水のにじむが如く民へ変化をもたらした。
 素朴な一族の文化は、ナーガ特有の華やかさを吸収し、新たな進化を遂げようとしている。
 もちろんそれは、宮も例外ではない。

 帝の兄である冥蘖が、病によりこの世を去って一季、十六夜の新たな側使となった天照が、月読最高位に就任。
 宮はすっかりもとの様子を取り戻したかに見えた。

「いま時分、どこにいかはるのや? 月夜様」

 夜分遅く、月読の部屋を抜け出した月夜を、今ではすっかり耳慣れた声色が呼び止めた。
 ギクリと脚を止め、振り返ったそこに、元服前の幼さ残る異国の少年が立っていた。

「イシャナ…様」

 ナーガの第一王位継承者でありながら、たっての願いでこのガルナを訪れた彼は、勝手知ったる他人の宮を自由気ままに闊歩する。
 多忙なナーガ王の名代として、同盟国の視察という名目で入国しながら、その実イシャナは始終月夜についてまわった。

「せやからその、様ゆうのやめてくれへん? なんやムズ痒いわ…」

「誰が見ているかもわからない。私に気安く話しかけてくるな」

「ひどっ! 俺のことナーガに見捨てて、やっと逢えた思たらそない冷たいし……全部遊びやったんやっ」

 イシャナはわざとらしく、目頭をおさえ泣き真似をして見せる。

「人ぎきの悪いことを云うな!」

「事実やろ! 俺よりあいつを選んだくせに、俺は……月夜様とおりたかったのにっ」

 童子の姿をしたイシャナのいたいけなさに、思わず心を揺さぶられる。
 彼の魂の半分は、自分から生じたものなのだ。
 そんな気持ちになっても不思議ではない。