雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜

「……月」

 名を呼ばれ、静けさを取り戻した月夜はまぶたをあげた。
 すぐ近くの眼差しにドキリとさせられる。

「雪……近すぎだ」

「行くぞ」

「え? 行くってどこに…」

 身体がふわりと浮いて、雪に抱き上げられた。
 戸惑いつつも、月夜はどこかホッとしながら彼にしがみつく。

「お前のいるべき場所だ」

 そう云ったと同時に、雪の身体がふたたび変化した。
 だがそれは巨人のそれではなく、神山で月夜を獣どもから救った、背中にコブを背負う姿だった。
 その瞬間、強い圧力を身体にうけた。
 羅刹天の持つ神が力は、人界ではそこに存在するだけで、まわりに強い影響を及ぼす。
 そばにいたのが只人なら、少なからず傷ついたことに違いない。
 それを恐れた雪は、あえて力を制御してきたのだ。
 只人としての月夜を傷つけないように。
 それが今の月夜には、痛いほどよくわかった。
 何かが割れるような音がして、翼のようだと思っていたコブから、本当に羽根が生えてきた。
 それがバサリと羽ばたく。

「……恐いか?」

 月夜は首を横にすると、しがみつかせた腕に力を込めた。
 山から吹き付ける風に向かって、二人はナーガの地を飛び立った。
 叉邏朱と共にやって来た道を、今度は雪の翼でたどる。
 けれどそれよりもさらにはやく、越えてきた山々を飛び越えてしまった。
 美しい景色をゆっくり眺める余裕もなく、あっという間に国境を跨いだ二人は、霊山へと進路をとった。
 そこは月夜と雪が、運命によって出逢った場所。
 禁忌によって繋がれ、宿命によって翻弄された場所。
 そして絆によって、悠久に結ばれる場所。

「……貴方はボクのものだ」

 月夜の小さな呟きは、風に紛れ澄み渡る空に流れていった。