雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜

 それは瞬く間のことだった。
 雪が目の前で、自分にひざまずいた。
 月夜は何が起こるのかと躊躇するが、掴まれた手の甲に接吻を受け驚く。

「な…にを…っ」

 ただでさえ騒がしかった心臓が、猛烈に脈打った。
 この状況がまったく理解できない。
 手を振りほどこうとして、ギュッと握りとられる。
 闇色の瞳が、月夜の心にズシンと突き刺さった。

「そしてお前と交わった俺も……お前のものだ」

 とらえどころのない風が、月夜の中で吹き荒れた。
 真っ白になって考えつくのは、なぜ彼が自分を殺さないのかという疑問だけ。
 確かに、神々の魂から受け継いだ天界の理では、神が理由なく神を殺すことは、天界の均衡を崩すことと同じ。
 しかし、人間と交わった神の存在は、同様に均衡をゆがめる引きがねとなるため、そのほとんどが暗黙のうちに隠滅されるという。
 帝釈天が、四神の王を滅したように。

――でも、この人からは殺気が感じられない。考えてみれば…いつもそうだ。

「貴方が恐ろしいと…思ったことはなかった」

 息苦しさの増す胸を掴みながら、泡のように浮かび上がる想いを吐露する。
 そうしなければ、切なさに押し潰されそうだった。

「貴方に殺されるなら、ボクはそれでもかまわないと思っていた……なのに、死ぬことが辛い。いや違う……死ぬのは仕方ない。でも、死んでしまったら……独りになってしまう」

 頬を、熱いものがいく筋も流れていった。

「月」

「貴方はもう、そこではボクを見ていてくれないんだろう? だったらどうすればいいんだ……ボクはどうすれば――」

 引き寄せられ、言葉を遮るようにくちびるを塞がれた月夜は、その温もりに刹那、我を忘れた。