雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜

「せつ……」

 そのひとことが、さらに月夜の心を掻き立てる。
 静かな涙がひとつ、こぼれ落ちるのを頬に感じた。

「……あの刻、どうして俺を庇うような真似をした」

 不意に訊かれたことに、一瞬戸惑いを見せる。

「只人としてのお前が帝釈天に勝る理由など、わずかもなかった……なぜだ」

 瞳に映した雪の表情は、どこか痛々しくも見えて、しかしそのような顔をさせた理由がわからなかった。
 そして自分がそうした理由も…。

「知らない……ボクはただ、あれ以上貴方が傷つくのを見たくなかった……」

 自分のために大切な人が血を流すのを、黙って見ていられるわけがない。

――たい…せつ?

 月夜はハッとして目を瞠った。
 突然に、気づいてしまった。
 二人には見えない絆がある。
 現世に生まれた刻からずっと、彼は月夜を見守り、月夜はそれを感じてきた。
 言葉などなくても、ともにそこに存在し、触れ合わずとも、心は寄り添い合っていた。
 そんな関係をなんと呼べばいいのかはわからない。
 けれどそれが、月夜にとっては大きな意味となっていた。

――これは…なんだ?

 胸が、しめつけられるように痛む。
 いまこうして、雪といることが、たまらなく辛い。
 鼓動がどんどん速度を増し、身体中が熱くなる。

――いますぐここから、逃げ出したい。

 そんなことを考えてしまった自分を、月夜は内心で否定した。

「はやく……」

――はやく、殺して欲しい。

 いたたまれず、懇願してしまいそうになった。
 このままでは、蛇の生殺しだ。
 すべてを終わらせるならば、ひとおもいにやってもらいたい。

「月……お前は、俺のものだ」

 熱い旋律が、月夜の中を駆け抜けていった。