雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜

 巨大な竜の背に、小さな人影があった。
 まるで竜を操るように、真っ直ぐ城門をめざして近づいてくる。

「御子様!」

 遠くでキノエが叫ぶのを訊いた。
 月夜にもそれはわかっていた。
 しかし声が出なかったのだ。
 竜に跨がる小さなイシャナの放つ気に、尋常ではない何かを感じていた。

――イシャナ?

「そのお人をさっさと放せ!」

 月夜は一瞬耳を疑った。
 姿も声も、まだ幼いままのその口が、大人びた言葉を吐いた。
 しかもその音調は、以前よりも力強く自信に満ち溢れている。
 だが、魔物がそれを訊き入れることはなかった。
 構わず城門を出ていこうとする魔物に、竜の尻尾が巻きつく。
 兵たちがそれを見て沸き立った。
 月夜を抱いたまま、尻尾が魔物を上空にさらう。
 竜の頭まで持ち上げられ、イシャナと向かい合った。

「イシャナ…お前なのか?」

 そう訊くと、月夜を見るイシャナの目が輝いた。

「月夜様! いま助けたるっ」

 確かにもとのイシャナのようだが、なぜかその口振りに磨きがかかっている気がする。
 月夜は戸惑いを見せた。
 これ以上”彼”を引き止めても、無用な犠牲を払うだけだ。
 これは月夜が交わした契約なのだから。

「イシャナ、私にかまうな。これは私の払うべき代償、お前には関係ない」

「……いややっ」

 イシャナが小さな頭をぶんぶんと振る。
 そこはまるでただの駄々っ子のようだ。

「月夜様はどこにも行かさへん!」

「イシャナ…」

 月夜は困惑した。
 どうすればわかって貰えるのか、魔物が自分を奪っていくことも、それについていくしかないことも、すべては最初から決まっていたことなのだと。