雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜

 魔物の身体から放たれた強い気に、女王ともどもまわりの兵が凪ぎ払われた。

「殺してはだめだ!」

 思わず叫んだ月夜に、魔物の攻撃の手がとまる。
 その闇の眼が、何かを云いたげに細められたのを見た。

「契約は果たされた。ボクはもう…お前のモノだ」

 月夜の懇願するような声に、魔物は激しい咆哮で応えた。
 茫然としていた女王が何かを叫ぶ。
 しかし咆哮に掻き消され、月夜には届かなかった。

『ヴィシュヌ神の魂を受け継ぐ唯一の半神!』

 魔物は月夜を抱え、兵たちを威嚇すると、城門に向かって歩き出す。
 すでに脅威はその道を築いていた。

「なにをしてる! 早うあの者を取り戻すのや!」

 術者がふたたび呪で魔物の動きを封じようとする。
 だがそんなものは欠片も通じることはなく、兵の退けた道筋を魔物は悠々と通り抜けられた。
 月夜は自分がこの騒ぎを起こしてしまったのだと、心で女王に詫びた。
 それに、この身はすでに、望みを叶えた報酬として捧げられている。
 もう他に、どこにも行くことも、何を望むこともできないのだ。

「イシャナ…」

 あの小さな王だけが気掛かりだった。
 この騒ぎの中、どこへ行ったのか、何をしているのか。
 無事であればいいのだが…。

「あ…あれは何や!」

 兵の一人が、城門の向こう、晴海を指さし叫んだ。
 それは、月夜の眼にも見えていた。
 何か巨大な生き物のようなものが、空を泳ぐようにこちらへ飛んでくる。
 それはどんどんはっきりと姿を現し、兵の口々に声があがった。

「竜や…あれは晴海の守護神や!」

 伝説の竜だというナーガ兵の興奮が沸く中で、月夜はそれよりも、その背中にある存在に目を見開いていた。