雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜

――そんなことは、あるわけがない。

 魔物の気配を読んだ月夜は、それがイシャナのものではないことにホッとしかけた。
 しかし奇妙なことに、それはもっと別の、嫌というほど感じたことのあるそれだということに気づく。

「どうして…」

 月夜が唖然とその方向を凝視していると、集まった術者たちが一斉に呪を唱えはじめた。
 それに抗うような、獣の咆哮がとどろく。
 何かの術が効いているのだろうか、魔物は動きをとめ、威嚇のような唸り声をあげ続ける。

「もうこれで魔物はなにもできしまへん。あとは兵たちが――」

「だめだ…」

「月読殿?」

 突然駆け出した月夜は、兵をかきわけ術者の後ろに立つ女王に叫んだ。

「待って…待って下さい! それは――」

 月夜の声に打ち消された呪の隙を突き、魔物が術者を飛び越え女王に襲いかかる。
 迷わずそれを阻もうと飛び出した。
 勢いに体勢を崩し、倒れ込んだ二人に魔物の手が迫る。
 術者は魔物封じの呪を唱い、兵は女王を守らんと突進するが、あっさりと退けられてしまう。

――なぜだ? なぜこんなことを…。

 月夜にはどうしてもわからなかった。
 なぜ”魔物”がここに現れなければならないのか。
 そして女王を狙う理由は?

「叉邏朱!」

 月夜の式が、まばゆい光を纏い魔物の前に立ち塞がる。
 その羽ばたきは、周囲に風の壁をつくりだした。

「いまのうちに早く!」

 女王を促し、魔物から遠ざけようとした月夜の足下に影が伸びた。

「月夜っ!」

 あっという間に身体の自由を奪われ、魔物の腕にとらわれる。
 成す術もなく見上げる女王の悲痛な面差しに、月夜は儚く笑みを向けた。

「お許しください…」