雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜

「……月夜。このままナーガにとどまる気はないか?」

 血液が逆流するような動悸を感じながら、ねばつく汗を握りしめた月夜は、言葉が出てこず、かたくくちびるを結んだ。

「そない顔をするな。別に取って食おうというのやない……が、やってもらいたいことはある」

「やって……もらいたいこと?」

 月夜は女王を凝視したまま、固唾をのんだ。
 白く塗られた顔と刺青、真っ赤なくちびるが艶やかさを印象づける。
 それは素顔を隠すために顔布の役割として施されているものだ。
 化粧を取り去れば、きっとイシャナによく似た面差しをしているのだろう。
 その赤い口端が、弓なりにつり上がる。

「われと子を成す気はないか?」

「………子………」

 何度も我が耳を疑った。
 しかしどうしても、女王の言葉の意味が受け入れられない。
 子を成す?
 誰と誰が子を成すと?

「なにを…仰っているのか……わかりかねます。子って……誰の?」

「もちろん、われと月夜に決まっとるやないか……どうや」

――どうや? どうやってどういう?

 月夜は目を白黒させながら、ぐるぐるする頭と女王を落ち着かせようと口を開いた。

「おた…お戯れを…私のような者に、なにゆえそのような…」

「戯れ…?」

 急に冷めたような目をした女王が、月夜から離れ玉座についた。
 深く息を吐くと、射るような視線を向ける。

「……このナーガで、いま何が必要とされているか……月夜にはわかるか?」

 居住まいを正し、低頭した月夜は逡巡した。
 ナーガが必要とするもの。
 そんなものが、この大国にあるとすれば、月夜には考えの及ばないものだろうと思った。