『ヴィシュヌ神の魂を受け継ぐ唯一の半神…』
キノエの口から不思議な言語を訊いた月夜の背筋に冷たいものが伝いおちた。
実際に耳にしたことはなかったが、それが古いナーガ一族の言葉なのは知っている。
しかも彼女は確かにヴィシュヌと云う名前を口にした。
「あ……貴女はいったい……」
「月読殿、御子様をお救い下さったことは、ホンマに感謝しとるんです」
頭をあげたキノエの顔に慈愛の笑みがにじむ。
「御子様は生まれてしばらく、このキノエがお育てしとりました。遠く引き離されて、胸の痛む思いもありましたんや。せやからふたたびこの腕に抱けるようになるやなんて、夢のようでした」
いつの間にか、月夜の腕の中で眠ってしまったイシャナを、キノエはそっと抱き上げた。
「それも月読殿のおかげ、月読殿がこのナーガを救ってくださる……御子様を救ってくださったように…」
不意に二人の挟む空気が変化したように感じた。
いやな感覚が血液のように体内を回りはじめる。
「さぁ、月読殿。もうおやすみ下さい……明朝、王も貴方とお逢いするのを、心待ちにしとりますよって」
胸の中に芽生えた、覚えのある不安感が、次第に質量を増していく。
しかしここから逃げ出す訳にはいかない。
何がなんでもナーガにガルナを託さねば、他に道はないのだ。
それが、自分にできる最後で唯一のこと。
――十六夜。
懐に今もある、可憐な願いの花に手を添える。
幸福になること――。
そう願ってくれる十六夜が幸福であれば、きっと自分もそうなれる。
――願いは成就される。そのために、この命をかけたのだから…。
月夜は思わず浮かんだその顔に、すがる想いでまぶたを閉じた。
キノエの口から不思議な言語を訊いた月夜の背筋に冷たいものが伝いおちた。
実際に耳にしたことはなかったが、それが古いナーガ一族の言葉なのは知っている。
しかも彼女は確かにヴィシュヌと云う名前を口にした。
「あ……貴女はいったい……」
「月読殿、御子様をお救い下さったことは、ホンマに感謝しとるんです」
頭をあげたキノエの顔に慈愛の笑みがにじむ。
「御子様は生まれてしばらく、このキノエがお育てしとりました。遠く引き離されて、胸の痛む思いもありましたんや。せやからふたたびこの腕に抱けるようになるやなんて、夢のようでした」
いつの間にか、月夜の腕の中で眠ってしまったイシャナを、キノエはそっと抱き上げた。
「それも月読殿のおかげ、月読殿がこのナーガを救ってくださる……御子様を救ってくださったように…」
不意に二人の挟む空気が変化したように感じた。
いやな感覚が血液のように体内を回りはじめる。
「さぁ、月読殿。もうおやすみ下さい……明朝、王も貴方とお逢いするのを、心待ちにしとりますよって」
胸の中に芽生えた、覚えのある不安感が、次第に質量を増していく。
しかしここから逃げ出す訳にはいかない。
何がなんでもナーガにガルナを託さねば、他に道はないのだ。
それが、自分にできる最後で唯一のこと。
――十六夜。
懐に今もある、可憐な願いの花に手を添える。
幸福になること――。
そう願ってくれる十六夜が幸福であれば、きっと自分もそうなれる。
――願いは成就される。そのために、この命をかけたのだから…。
月夜は思わず浮かんだその顔に、すがる想いでまぶたを閉じた。

