雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜

 陽が浅い頃にガルナを出立した月夜は、しばし空の遊覧を楽しんだ。
 通常なら隣国まで、どれだけの早馬でも休みなしで5の月はかかる。
 叉邏朱なら、険しい道筋もひとっ飛びだ。
 多少空の旅を拡張しても、問題はあるまい。
 二国間を阻む山を越えれば、ガルナよりはるかに繁栄をみせる大国が見えてくる。
 その華やかな全貌を目にするのは、二度目だった。
 前回それを見たのは、小さなイシャナをナーガへ送り届けた刻である。

「ナーガの女王は優しい方だったな…まぁちょっと、変わってはいたが」

 ガルナの実情をすべて明かした訳ではないが、イシャナの状況はあらかじめ書簡にし、白童の代理として月夜が単独での謁見を許された。
 目通りするまではどうなることかと思ったが、イシャナの姿を一目見れば、すぐに真の王であると納得した。
 それはおそらく、月夜が傍にいたことにも起因するのだろう。
 しかしイシャナの意思とはいえ、自分のために一国の王を犠牲にしたのは確か。
 それを咎めることもできたはずだが、女王はそれをしなかった。

「あの方はいつでも力になると云ってくれた。またナーガにも来てくれと、なんと寛容な方か……」

 ガルナが見えなくなると同時に山岳地帯に入った叉邏朱の背で、遥か南に煌めいていた水平線が、つかの間途切れるのを見ていた。
 ガルナ国側の紅海(こうかい)と、ナーガ王国側の晴海(せいかい)を境界する、天原(あまのはら)山脈がのびる。
 月夜はナーガ領に足を踏み入れていた。
 ナーガの王都は晴海に面した土地にある。
 賑やかな港町だった。
 この国には守護神だという竜が晴海に住んでいるらしい。

――それ以上知ることはできなかったが、できればナーガの伝承を紐解いてみたいな。

 直後に月夜は自嘲した。