雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜

「月夜……余は忘れぬ。絶対にそなたとの日々をなくしたりはせぬ。じゃから……たとえなにがあろうと、生きて幸せになるのだぞ」

「十六夜……」

 握りしめた花が風に揺れる。
 彼はなにかに気づいているのかもしれない。
 こうして触れ合うことができるのは、今が最後になるであろうと。
 小さな花を顔に寄せ、その甘い香りに二人の想い出を閉じ込めた。

「ボクも忘れない。百月想の花に誓う。きっと戻ってくるよ……十六夜のところへ」

「はやくその日が来るのを、祈っておる」

 瞳を潤ませながら、懸命に笑いかける十六夜の額に、月夜はそっと口づける。

――さようなら、ボクの十六夜。

 羽ばたく音が風に混じり、遠く小さくなっていく宮を振り返りながら、月夜は大きくなっていく寂寥感を抱く。
 後宮の庭が陽に照らされ、白く輝いていた。
 いつか宮に戻った暁には、あの庭に咲く百月想に生まれ変わって、また十六夜に逢いたい。
 何度も繰返し、生まれ変わっては十六夜の傍に。
 たとえどんなに苛酷な運命でも、それでも――。

 風避けの外套をはためかせ、月夜は真っ直ぐにナーガへの道をめざす。
 しばらくは叉邏朱の背中でひとり、これからのことを考える暇を得たのだ。
 ナーガでは、月夜の再来を待つ者もいる。
 久しぶりの再会を思えば、わずかながらに心が軽くなった。

――あの者は、どうしているだろうか?

 帝釈天の侵攻から二節(約8ヶ月)以上も過ぎた。 普通の人間なら、まだ乳飲み子であるはずだが、神から生まれた光がどのように成長するのかは、月夜にもわからない。
 過去世の記憶が残っているかもだ。

――しかし今のイシャナなら、誰からも愛されているに違いない。

 月夜はそう確信した。