雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜

 懐かしい記憶がふつふつと沸き上がる。
 白童と過ごした日々や、十六夜と駆け回った後宮、生きてきた長さほどのよい想い出はなかったが、少なくとも幸せであったと思う。
 ともあれ月夜はしたいことをして、望むものになり、最後にガルナと十六夜を守ってやれるのだから、不満などあろうはずもなかった。

「宮の外に出るのは、久しぶりだな……叉邏朱」

 門の前で待ち構えていた、月夜の倍は大きく雅やかな蒼い鳥が羽を広げる。
 キューウと鳴いてくちばしを降ろすと、甘えるように胸にこすりつけてきた。

「うん。ボクも嬉しい。これからしばらくは、お前と一緒に飛べる。どこまでも遠くにいけたなら、きっとすごく面白いだろうな」

 叉邏朱と見上げた空は、どこまでも澄み渡っていた。
 これならナーガまでは、穏やかな風に乗って行ける。
 月夜はつかの間、清々しい気分を味わった。
 あと少しだけ、思い描くことのできる自由。
 それが叶わぬことだと、今だけは忘れていたい。

「ゆくぞ」

 跨がった月夜を一瞥し、叉邏朱はひとつ羽ばたいた。

「月夜!」

 宮殿の方から駆けてくる馬を見て、月夜は動揺をみせた。
 十六夜が、馬で駆ることなど滅多になかったのに、危なっかしくも一生懸命に手綱を握っている。
 その瞳には、懐かしい色が浮かんだ。
 まさかと思いながら、月夜は叉邏朱から飛び降りた。

「帝、どうして……」

「月夜……っ!」

 馬から慌てて降りたせいでつまづいた十六夜を、月夜も慌てて受けとめる。
 顔をあげて頬を緩めた彼の手が差し出された。

「これを…」

「百月想の…花」

 今の季節、宮中に咲き乱れる白い花弁が、風に乗って高々と舞い上がる。
 その幻想的な情景の下で、二人は固く抱きしめあった。