雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜

 後に、後宮で冥蘖が軟禁されていたことを知った月夜は、十六夜を説得し解放させる。
 魂を失っていた冥蘖に明確な意識はなく、結局は宮の片隅でひっそり、抜け殻のように生きるのみであった。
 そして十六夜は完全に冥蘖と融合し、刻に昔の記憶が蘇ることはあったが、ほとんど別人のように振る舞った。
 新しいガルナの帝として――。



 謁見の間の玉座、顔布を廃した素顔の十六夜が、物憂げな面差しで座していた。

「月夜よ、本当に行くのか?」

 すっかり旅支度を整え、正面に膝まずいた側使、月夜に問う。

「はい。いろいろと準備に手間取りましたが、あれから宮の方もようやく落ち着きを取り戻しましたし、今のところは特に問題もなくすみそうですので」

「……ナーガまではそなたの式で跳ぶのか。ならば危険も少ないであろうが……それでも余は心配じゃ」

 しゅんとした帝に、月夜は頬を緩める。

「ありがとうございます。しかし、ご心配には及びません。私には式だけではないので……」

 十六夜の顔がさらに曇る。
 月夜は内心苦笑いを浮かべた。

「……そうじゃな。そなたには神の加護もある。式とてガルナの神が失われてから、月読の能力は半減してしもうた……じゃが、そなたは違う」

 天照をはじめガルナの能力者は皆、間接的とはいえ神の力によって式を使役してきた。
 その弊害が、神を失ったいま他国の侵略というかたちでガルナを脅かしている。
 同盟国を持たなかったガルナにとって、早急に庇護を求めるのが望ましいと云えた。
 月夜はそれを隣国のナーガに託すことを進言し、渋々ながらではあったが十六夜の首を縦に振らせた。
 その使者として、唯一ナーガの王に面識のある月夜が赴くことになったのだ。

「帝、すでに何度も云っておりますが、私は只人。生まれがどうであろうと、ほんの少し他より上手く式を扱える……それだけの人間」