雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜


 ◇ ◇ ◇


「お前たち人間の理は、わたくしたちから見れば拙いことこの上ない。いっそ滅びるが潔かろう……」

 立ち上がった帝釈天の冷めた呟きに、赤子の泣き声が高まった。
 思わず抱いた腕に力を込める。

「まだこの国を滅ぼすおつもりか……これ以上貴女はなにを望むというのです?」

 帝釈天は応えず、背を向けたまま肩を戦慄かせた。

「ふ……」

 ピタリと泣き声が止む。

「ふふふ……」

 低く嘲う帝釈天に、不吉な予感が漂う。
 月夜はつい、雪の後ろに身を隠した。

「怖がるでない……わたくしとてそれが無意味なことは百も承知じゃ。あの子を失ったはわたくしの過失。ならばそれに報いるのが道理というもの…」

 振り向いた帝釈天は、その言葉を裏切る酷薄さで微笑む。

「じゃが、わたくしはあきらめた訳ではない。ヴィシュヌの魂は遺されておる……すぐそばに」

「な……に?」

 冷たいものを背中に感じ、月夜は硬直した。

「羅刹天よ、貴君とはふたたび拳を交えたいところじゃのう。次は……貴君の大事なものをもらいにまいろうぞ」

 美しくも恐ろしい笑みを残し、帝釈天の身体が光の粒子となって掻き消える。
 気配は完全に断たれ、脅威が去ったあとの暁天宮には、その痕跡だけが闇に浮かんだ。
 はりつめていた気が途切れ、糸が切れたようにへたりこんだ月夜に、小さなイシャナが無邪気に笑った。

「お前……どうしていつも、そんな風に笑えるんだ?」

 皮肉めいたイシャナの声が、耳から離れない。
 憎たらしいあの音調が、今はひどく懐かしかった。

『またそないな冷たい顔して……』

「そんなにボクの顔はおかしいか?」

『いけずやわぁ――』