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「お前たち人間の理は、わたくしたちから見れば拙いことこの上ない。いっそ滅びるが潔かろう……」
立ち上がった帝釈天の冷めた呟きに、赤子の泣き声が高まった。
思わず抱いた腕に力を込める。
「まだこの国を滅ぼすおつもりか……これ以上貴女はなにを望むというのです?」
帝釈天は応えず、背を向けたまま肩を戦慄かせた。
「ふ……」
ピタリと泣き声が止む。
「ふふふ……」
低く嘲う帝釈天に、不吉な予感が漂う。
月夜はつい、雪の後ろに身を隠した。
「怖がるでない……わたくしとてそれが無意味なことは百も承知じゃ。あの子を失ったはわたくしの過失。ならばそれに報いるのが道理というもの…」
振り向いた帝釈天は、その言葉を裏切る酷薄さで微笑む。
「じゃが、わたくしはあきらめた訳ではない。ヴィシュヌの魂は遺されておる……すぐそばに」
「な……に?」
冷たいものを背中に感じ、月夜は硬直した。
「羅刹天よ、貴君とはふたたび拳を交えたいところじゃのう。次は……貴君の大事なものをもらいにまいろうぞ」
美しくも恐ろしい笑みを残し、帝釈天の身体が光の粒子となって掻き消える。
気配は完全に断たれ、脅威が去ったあとの暁天宮には、その痕跡だけが闇に浮かんだ。
はりつめていた気が途切れ、糸が切れたようにへたりこんだ月夜に、小さなイシャナが無邪気に笑った。
「お前……どうしていつも、そんな風に笑えるんだ?」
皮肉めいたイシャナの声が、耳から離れない。
憎たらしいあの音調が、今はひどく懐かしかった。
『またそないな冷たい顔して……』
「そんなにボクの顔はおかしいか?」
『いけずやわぁ――』

