雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜

 無表情で見下ろす男の瞳は、髪と同じ闇の色。
 その色にはどこか、すべてを威圧するような力強さがある。
 その深さにどこか、見る者を惹きつける底知れなさを感じる。

――なんだ…この男は。

 吸い込まれそうな男の瞳に、月夜は刹那見入ってしまっていた。
 いまだ鼓動は鳴りやまず、なぜか顔が…いや身体中が熱い。

――なにか…おかしい。

 そう思った途端、月夜はガクンと脚を折った。
 身体から急に力が抜けて、自分ではどうしようもなかった。
 呼吸が苦しい。
 身体がいうことをきかない。
 そのまま地面に倒れかけた瞬間、月夜は男の腕に抱き留められた。

――どうしたというんだ。身体が…。

「はじめてのことだ。肉体への負担が大きかったのだろう。俺が傍にいる…このまま眠ればいい」

――負担? 眠る? そんなこと…。

 しかしもうそれ以上、月夜の意識は続かなかった。
 深い闇に墜ちていく感覚が、全身を包み込む。
 否応なしに、どこかへ連れていかれることを不快に思いながら、しかし身体に感じている温かな感触が、なんとも云えず心地よくて、月夜は静かに目を閉じた。

「いい子だ。目を醒ますまで、お前を見ているからな…」

 眠りにつく幼子に話しかけるような男の声が、優しく耳をくすぐった。

――誰…なんだ。なぜ、ボクを……。

 大海に滴る最後の一滴が落ちるように、月夜のすべてが無意識下に溶けた――。

 とくん

 とくん

 とくん…

『――だして…』

 とくん

『――こから…』

 とくん

『――ねがい…』

 とくん

 とくん…