「なぜじゃ……こんなにはやく? なぜもう少しだけ、待ってはくれぬのじゃ……」

 たどたどしい足どりで、帝釈天は空っぽになってしまった封印の扉にすがった。
 ガルナは、神の寝所ではなくなった。
 眠りの底で語られた、もうひとつの真実が蘇る。
 和平をもって、国をひとつにしようとした朱雀帝が命を落とした本当の理由。

「帝釈天……貴女が、朱雀帝を……四神の王たちを、その手にかけたのか?」

『あの方は、未練を断ち切るためにそうしたのだ。そうすることで、わたしをこの地から容易に救い出せるとお考えになった。あの方らしい、強引で野蛮なやりかた……けれど、だからこそわたしはガルナを離れるわけにはいかなかった。いつか天に還る刻、あの方は大陸ごと国々を消し去ってしまうだろうことが、わかっていたからだ』

 そう云った須佐乃袁の眼は、恨みのこもったそれではなく、ひどく静かなものだったのだ。

「あの子は……知っていたというのか?」

 帝釈天の声は驚きに満ちていた。
 いままでずっと、その事実を隠し通してきたつもりだったのかもしれない。

「そうです。だから貴女を待てなかった……」

「では、あの子はずっと……わたくしを憎らしゅう思っておったのか」

『……いや……』

「須佐乃袁様は、云っておられました…」

『――許します、あなたを』

「だから行かせて欲しいと…」

 帝釈天は静かに膝をつくと、祈るように目を閉じた。
 先刻までのことが嘘のように、今は満身創痍で佇む神の背中を、月夜は胸の痛みと共に見つめていた。
 その隣に、阿修羅の気配が寄り添う。

――大切なものを守るために、戦わなくてはならない刻がある。でも、同時に失うものもある。この世はそうして均衡を保たねば存在し得ないのだろうか?