こうして失われていた記憶を紐解けば、月夜は天界での出来事を、すべて理解していたことに気づく。
 神の理も、生まれ持った力を自在にする智恵もなくして、白童のもとで只人となれば、その聡明さは仇になる。
 ゆえに月夜は孤立した。
 人の中で人となるのは、人として生まれた者だけ。
 神として生まれ、人として育った月夜は果たしてどちらにも属さない存在。

――けれど、ボクは人にそだてられた。白童様に、十六夜に……帝に。

 長い刻、閉ざされてきた重い扉を開くように、月夜はゆっくりとまぶたをあげた。
 懐かしい色をした景色と共に、その顔が瞳に映し出される。
 いつも無愛想で、逢うたび憎まれ口をたたかれ、心を掻き乱されてばかりだった相手の、見たこともない優しい表情(かお)。

――なんだ。そんな風に笑うんじゃないか……。

『お前が知らなくても、ずっと俺が見ていてやる……だから、お前はお前の望むように生きればいい』

――ボクはボクの望むように。

 知っていた。
 彼が自分を見ていてくれたこと。
 光の式を与えてくれたこと。
 生きたいと云う望みを叶えてくれたこと。
 いつでも、陰日向に助けてくれたこと…。
 心を満たしていく暖かな風が、体内から光の粒となって溢れた。
 刻まれた傷から、激しかった痛みが薄らいでいく。
 神体には、人体の持つような痛覚がない。
 月夜は自ら、人間として当然の反応を擬態していたに過ぎなかった。
 しかし魂にまでつけられた傷は、別の苦しみを与えてくる。
 月夜はそれでも、やっと”外に出られた”ことに、叫びだしたい気分だった。

「ヴィシュヌとミトラの魂を受け継ぐ朱雀の子よ。その命をもって、目覚めの扉を解け!」

 帝釈天の声が、ファンファーレの如く鳴り響いた。