雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜

「調伏…できた、のか?」

 はじめてのことに、月夜はいまだ半信半疑で目を瞠る。
 しかしはっきりと、自分の中にその存在を感じていた。
 神の精霊、神の式。
 手に入れた…ずっと、望んでいた式を――。

「これでボクは…月読になれる…」

 両手をひろげ、感慨に見つめながら固く握りしめた。

「あ…」

 不意に頭にのせられた手の感触が消え、月夜はあわてて振り返った。
 男がいなくなってしまうのではないかという思いに、案の定背を向けていた男の腕を掴む。

「……っ」

 だが、言葉がなにも出てこなかった。
 いや、訊きたいことはあったのに、声がすぐに出てこなかったのだ。
 月夜を振り返った男の顔に、やはりどこか覚えがある。
 逢った記憶はないはずなのに…。

「……」

 男が無言のままで、ふたたび月夜の頭に手を置いた。
 月夜はピクリと反応し、わずかに全身を緊張させた。

「…………あなたは、何者だ」

 ようやくそれだけを訊くことが出来た。
 それでも男は沈黙したまま、しきりに頭を撫でてくる。
 そのうち、なにやら自分が童子扱いされている様な気分になった月夜は、眉間にシワをよせ上目遣いで男を見上げた。

「…ボクを馬鹿にしているのか。何者なのかと訊いている…」

 ようやく何かに気づいた、という顔をして月夜から手を離した男は、自分の頭を掻いて視線をさ迷わせる。
 まるで自分にも、なにをしているのかわからない、といった風だ。

「先刻の…あれは、どういう…あんな調伏の仕方なんて、聴いたこともない――」

「…………知っている」

 月夜はハッとして顔をあげた。

「すべてを……お前は、知っている」

 低く、諭すように発せられた艶のある声に、月夜の心臓がまた、忙しなく鼓動を響かせた。