雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜

 云われるままにそう念じた途端、世界がひっくり返った。
 とてつもなく膨大な質量が、いきなり月夜の中になだれ込む。
 それは髪の先からつま先までをぐるぐると暴れまわり、いまにもはち切れてしまいそうなほど、内側を強烈に摩擦した。

――あ…あっ…なんだ、これは…っ!

 はじめての感覚に、成す術もなく月夜は手足を震わせる。
 かろうじて、精霊と触れた部分が視界に入った。
 そこはまるで、一つにとけあってしまったようにもとの形を失っていた。
 背筋があわ立った。

――ボクの手…手が…!

 動揺した月夜は、その手を引っ込めようと力を入れたが、完全に一体化したそこはびくともせず、それどころかますます腕に絡みついてきた。

――は、離せ! 喰われるのは嫌だ!

 恐怖心が芽生えた月夜は抗った。
 するとこれまで大人しかった精霊も、にわかに落ち着きを失った。

「キ…キー、キィッ!」

 哀しげな鳴き声をあげ、弱々しく羽をバタつかせる。
 その声を聴いた月夜は、急に胸が締め付けられた。

「それはもう、お前のモノだ…拒絶すれば、それは死ぬ。構わぬなら、すぐに手を切れ…」

 月夜はハッとして精霊を見た。
 喰われているのではなく、自分がそれを内に取り込んでいるのだと気づく。

「…それでいい。あとは身のうちに入れたものを抜き出せ…ゆっくりとな」

 月夜は男の声に導かれ、自分の中で渦巻くものを身体から逆流させた。
 なんとも云えない寂寥感があとをひく。
 全身から熱が奪われ、とけあっていた手が精霊から離れた。

 ビクリと震えた。
 ゆっくりとまぶたをあげると、月夜はもとの肉体に戻っていた。

「よくやった…」

 男が月夜の頭に温かい手をのせた。
 ふと、既視感が蘇る。