雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜

「――起きろ!」

 頭の上から降り注いだ怒号に、月夜はハッと目を醒ました。
 どれだけの刻、気を失っていたのか、状況はあまり変わっていないように見える。
 しかし、月夜が思うよりもずっと、それは違っていたようだ。
 自分を見下ろす人物に目を凝らす。
 突然現れたあの巨人、その身に纏った目に見えない力が、その存在に畏怖と畏敬を抱かせた。
 だが、月夜の瞳に映ったのは、たしかに大きくはあっても巨人とは程遠く、とは云え鍛え上げられた逞しい肉体の鎧を身に纏った、大陸ではあまり見ない黒髪短髪の男だった。

「気がついたなら、さっさと立て」

 先刻から、やたらと尊大な物云いで命令する男に、月夜は戸惑いながらも身を起こす。
 よくよく考えれば、なぜ自分がこの男に命令されなくてはならないのか? そう思うと、胸のあたりがモヤッとして顔をあげた。
 けれど途端にそんな感情は掻き消された。

「まだ、終わっていない」

 男の真剣なまなざしを追って、月夜はその先に自分がここに来た理由を見つけた。

「ギャ…ギャギャ…!」

 神の精霊は、月夜が見つけた刻からは、あきらかに消耗しつつあったが、それでもまだ触れれば危険だとわかるほどに、殺気だっている。
 ただ不思議なのは、月夜が気を失っている間に、なぜ飛び立ってしまわなかったのかだ。

――まさか、この男が…?

「集中しろ。これが欲しいんだろう…ならば、魂の一部を溶け込ませろ。一心同体になるんだ」

 男の云う意味が、月夜には理解できなかった。
 魂を溶け込ませる?
 一心同体?
 精霊を調伏するには、呪を唱え帝の名のもとに命を下すのが月読のやり方だ。
 月夜はそのどちらも選べず、しばし呆然と男の顔を見た。