雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜

――そうだ。ボクは月読で、帝の側使だ。そう白童様も望んでいたことじゃないか。

「同情?……そんなんやない。月夜様俺は――」

 イシャナの声を遮り、轟音が辺りに響き渡った。
 稲妻と共に、なにかが落ちてきた。
 もうもうとあがる土埃。
 霞の向こうに、人影が佇んでいた。

「よくぞわたくしの望みに応えてくれた、ナーガ王」

「帝釈天……様」

 晴れ間からスラリと長い脚が、一歩こちらへ進み出た。
 艶やかな異国の衣装は、これから起こる出来事には不釣り合いなほど、見る者を魅了する。
 神に人間の云う性別はないと云うが、ふくやかな胸と仄甘く漂う香りは、紛うことのない女性のそれだ。
 帝釈天が姿を現した途端、動けなくなったイシャナは、近づいてくる彼女から目を逸らせずにいた。

「望みの対価は、魔物の宿命をその身から打ち消すこと、じゃったのう……」

 目の前まで迫った神が、イシャナのあごを取り目を細めた。

「わたくしが目的を果たすまで、大人しくしていられれば、その願い叶えてやろう。そのままじっとしておれよ?」

 すべてを見透かしたような帝釈天の、有無を云わせない強烈な眼差しが、イシャナから月夜に移る。
 思わず身体をすくませるが、辛うじて十六夜を自分の背に庇った。

「月夜……」

 その刻傍で威嚇しあっていた式は、天を裂いて落ちてきた雷に驚いて大人しくなった。
 帝釈天が月夜を見つめたまま、コツリコツリと踵を鳴らして近づいてくる。
 何をしようとしているのか、恐ろしいほどに美しいその容貌からは想像もつかない。
 だが確実に、月夜は己の身が危機にさらされているのを感じていた。

「……お前、人の身でありながら他の魂と交わったか」

 その言葉に、雪との契約が蘇った。