雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜

「月夜様。これでもまだ、俺と逃げようとは思ってくれはりまへんの?」

 イシャナの右手が空を斬った。
 人差し指と中指をこちらへ向け、敖広(ごうこう)と呼んだ。
 すると眼前の土の中から山が起きたと思うと、中から巨大な蜥蜴にも似た式が姿を現す。
 闇の式――しかも、月夜は前にそれを見た覚えがあるような気がした。
 敖広と呼ばれた式が、月夜をくわえたままの八咫に突進する。
 しかしそれを飛んでかわし、翼をバタつかせ威嚇した。
 その瞬間、くちばしがゆるんで月夜が地面に落ちた。
 なんとか立ち上がった月夜は、式が睨み合う間で十六夜の様子がおかしいことに気づく。
 顔を歪めた十六夜が、八咫の羽ばたきの風圧によろめいた。

「十六夜!」

 思わず駆け寄る月夜に、十六夜が倒れ込んだ。
 抱き留めたその顔を見下ろす。

「月夜……お願いじゃ。どこにもいかないでくれ……そなたがいなければ、余は――」

 苦しげに訴える十六夜に、戸惑いながらも月夜は答えた。

「十六夜……約束したよね。ボクは十六夜を助けるって。だから、いったいなにが起こっているのか教えて」

「月夜様! まだそないなこと……はよ逃げんと、あの方が来てしまいよる。どんな目にあうか、わからしまへんのですよ?」

 二人に駆け寄ったイシャナが叫ぶ。
 しかし月夜は首を横に振った。

「イシャナ……お前の気遣いはありがたいが、私はガルナの月読として、最後までこの国を見届ける義務がある。側使としても、帝を守らずして逃げだすなど、ありえないことだ」

「月夜様……ホンマ貴方というお方は……」

 イシャナの眉尻が下がる。

「どうやら私もまた、お前と同じ境遇らしい。同情してくれたのだろうが……」