雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜

「ぎゃああうぅっ!」

 間髪入れず、阿修羅と叢雲が絡み合う。
 下手すれば、倒れる月夜も巻き込まれかねない勢いだった。
 しかし天照が黒い鳥の式を召喚し、月夜を捕らえさせた。

「このまま暁天宮へゆく! 天照もついて参れ」

「しかし冥蘖様――」

 月夜は朧気ながら、だがはっきりとその名を耳にした。

――冥……蘖?

「天照」

「し、失礼しました。帝、私は神の侵攻を少しでも食い止めて参ります。貴方は八咫(やた)が、お連れしますのでどうか……」

――冥蘖……冥蘖と云ったのか?

 固いくちばしにぶら下がりながら、痺れる身体を動かそうと、月夜は必死で手足に力を込めた。
 冥蘖は帝の座を十六夜に譲り、自ら隠居した第一皇子だ。
 それがなぜ、今さら天照の口に上ったのか?
 月夜は嫌な予感に身をすくませた。
 手のひらを裏返したような十六夜の言葉。
 ときおり、急に怯えた顔を見せた彼が別人であったなら、月夜自身わからないはずがない。
 冥蘖と直接話したことはなかったが、その姿は何度か目にしている。

――けれどもし、十六夜と冥蘖が入れ代わっていたとしたら?

 しかしそんなことをする理由がどこにある。
 玉座を退いた冥蘖は白童の説得にも耳を貸さなかったと訊く。
 ならばこの帝が冥蘖であるはずがない。
 ではなぜ、天照は十六夜を冥蘖と呼んだのだ?

「――では、できるだけ早く、神との契約を果たそう。それまで、そなたも生きて待つがよい」

 月夜は、天照と十六夜の姿を見て思った。
 冥蘖の側使であった天照が、今は一番十六夜に近い地位にいる。
 望まれて側使になった立場は同じ、なのに彼はなぜ冥蘖の傍ではなく十六夜を選んだ?

――ボクなら、帝であろうとなかろうと、十六夜の傍を離れたりしない。