雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜

 身体中の血がざわめいた。
 肉体から離れていく魂を追いかけるように、共鳴する。
 火がついたような感覚に神経を逆撫でされた。

「うぁ……あ、あっ……!」

 月夜は何かに引き止められ、魂が引き裂かれそうな痛みに悶えた。

「く……無駄な抵抗はしない方が、早く楽になれるぞ……月夜。そなたは余が嫌いか? 違うであろう。ならば大人しく従うがよい。さすれば二人だけの新しい世界が……な、なんだっ」

 突然、十六夜が月夜から弾き飛ばされた。
 朦朧と天を仰いで転がった月夜の身体から、影のようなものが浮き上がったと思うと、それが獣の形をとり、やがて暗桃色の毛並みを纏う。

「まさか……式が、そなたにとり憑いておったとは……気配などなにも――」

 現れた阿修羅から、激しい敵意が向けられた。
 倒れたまま動かない月夜を庇い、十六夜に牙を剥く。

「そうか……そなたも余の邪魔をするのだな。しかしよいのか? 余はこの国の帝、月読が守るべき絶対君主。月夜とて例外ではない。余に刃を向ければ、月夜はその時点で反逆者ぞ」

 阿修羅は構うことなく攻撃態勢に入った。

「フ……神の端くれとはいえ、所詮精霊の類いに人間の理屈は通じぬか。天照!」

 十六夜の声に、それまで部屋の奥に息を潜めていた天照が姿を現す。
 彼は召喚するための何も手にしていなかった。

「叢雲(むらくも)!」

 天照の叫びと同時に、何もない空間から巨大な蛇が這いずってきた。
 ヌラヌラと光る白い鱗がびっしりと生えた皮膚。
 大きく裂けた口からチロチロとのぞく真っ赤な舌は、尖端がふたつに分かれていた。
 十六夜の前に躍り出た蛇の瞳孔が縦に収縮し、阿修羅を睨み付ける。