雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜

 なおも黙ったままの雪が、いきなりうなじに舌を這わせてきた。
 ビクリと肩がすくむ。
 背中を這い上がる、奇妙な感覚に声をあげることもできない。
 気持ちが悪いと思いながら、月夜は指一本動かすことができなかった。

「震えているな……恐いか?」

 云われて自分が震えていたことに気づく。
 しかしそんなことで怖じ気づいたなどと思われたくない月夜は、掠れながら声を張りあげた。

「だ、誰がお前なんか……なんの真似だ。離せ無礼者っ!」

 すると雪はあっさり、その腕を開いた。
 月夜はすぐさま距離をおいて振り返った。

「まだ”その刻”ではないぞ! 気安く人を舐めるな馬鹿っ」

 味見されたと思った月夜は、胸の奥に広がる複雑な想いに焦燥した。
 けれど、そんなことに構いもしない雪から、追い討ちをかけられる。

「お前がどう思おうと、お前は、俺のモノだ。忘れるな」

「何度も俺のモノ俺のモノ云うな! ボクはボクだけのモノだ、他の誰のモノでもない!」

 そんな云い合いも虚しく、月夜は振り切るように走り出した。
 心臓がやけにうるさかった。
 いままで感じたことのない苛立ちに襲われる。
 やりきれない想いに、また身体が震えた。
 いや、震えたのは心だった。
 なんとも云えない、奇妙な震えがどんどん広がっていく。
 不意に喉の渇きを覚え、月夜は唾を呑み込んだ。

――なぜこんなに、腹がたつんだ?

 胸に湧く熱い感触が顔にまで達し、頬が熱くなった。
 頭を振り乱し、それから逃れようと懸命に走り続けた。
 宮殿にたどり着くまで、ずっと――。