月夜は僅かにうつむいて、首を横にした。

「寝室に籠ったきりですが、いまはとにかく大事ございません。それで……天照様。実はお願いしたいことがあって参上いたしました」

 天照の厳しい眼差しが、月夜の次の言葉を待って投げかけられた。

「天照様は……鍵……のことをご存知か」

 ピクリと彼のこめかみが反応した。
 やはり天照もそのことを承知の上なら、十六夜をなんとかしてなだめることも頼み易かろう。
 続く科白を思い浮かべ、月夜は喉を鳴らした。

「帝が神を……神を目覚めさせようとお考えだとしたら、天照様は賛成なさるだろうか」

 随分と長い刻が経ったように感じたあと、ようやく天照が重い口を開いた。

「それが帝のご意志なら、勅命には逆らわぬのが臣のつとめ……だが、あえて間違いを間違いと指摘差し上げるのも臣のつとめ」

 月夜は胸が晴れるのを感じた。
 思わず頬を緩ませて天照に詰め寄る。

「ならば……ならばお願いします! どうか帝を、帝をお止め下さい。神を目覚めさせたりなどすれば、今度こそ四神の国は滅びてしまうかもしれない。そのような不毛な戦いを、起こさせてはならない……絶対に」

 天照は厳めしい顔にくちびるを真一文字に引き、月夜を見下ろしていた。
 そして理解したのか微かに頷いてみせる。

「確かに神が復活したとなれば、他国が目の色を変えるのは必至。これ以上無用な争いで月読の命を失うのは自分とて本意ではない」

 天照なら、十六夜もきっと耳を傾けるはず。
 それに彼なら、白童の意志を継いで守ってくれるだろう。

「では……これを」

 懐から取り出した鍵を、月夜は天照に差し出した。