雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜

 あまりに不憫な様子の十六夜に、月夜はなにも云うことができなかった。
 傍に天照がいるのも構わず、すがりつく十六夜を黙って抱きとめる。
 なにかが……起きている。

「月夜殿、帝は疲れておいでのようだ。寝室にお連れして差し上げよ」

「はい。天照様も、ご無事で安心いたしました。お身体は大事ないのですか?」

 天照は穏やかに頷いてみせた。
 月夜は十六夜の肩を支えながら、謁見の間をでていく。
 玉座の傍に、天照は静かに佇んでいた。

「十六夜……天照様が話していたことだけど……」

 月夜は気づいていた。
 天照が、鍵のことを口にしていたのを。
 しかし彼も十六夜の兄、冥蘖の側使。
 鍵の存在を知っていて不思議はない。
 ならば十六夜が何をしようとしているかを知れば、あるいは月夜に共鳴することも――。
 そのような期待を持ちながら、先刻の「帝の式」に焦点が向く。

「天照……余は知らぬ……あの者がどうかしたか」

「十六夜……?」

 虚ろに空を見つめる十六夜を、月夜は訝しく注視した。

「月夜……余は、わからぬのじゃ。余が欲しかったものは、確かにあったはずなのに……いまは、何もかもがおぼろげで、本当は何を望んでいたのか……思い出すことができぬ」

 抑揚のない声が、月夜の不安を煽った。
 なにが起こっているのか、その輪郭がまるで見えてこないが、音のない警鐘が大きくなっていく。

「十六夜、早く身体を休めて、話はまたにしよう。とにかく神は去ったんだから、いまは何も考えなくていい」

「月夜……」

「なんだ?」

「余はそなたに伝えねばならぬことがある……」

「うん?」

 寝室の扉の前で立ち止まった二人は、つかの間視線を交わしあった。