「ギャッ! ギャア!」

 月夜の赤い瞳に、闇の中でおぼろに浮かぶ、鳥の姿をした精霊が映っていた。
 それは淡い光を放ちながら、どこか苦しげで、なぜか怒り狂っているように見える。
 月夜はその属性が神であることを、素早く見抜いた。

「左は敖広帝万兵を避け、右は白帝不祥を避け、前は朱雀帝口舌を避け、後は玄天上帝不鬼を避くる、東方西方南方北方前後扶翼、急ぎ急ぐこと律令の如し!」

 いきなり出くわした精霊を前に、案外冷静に呪を口にできた。
 神属性といえど、馴れないうちは手がつけられない。
 その点は、神も魔も同じ。
 まずは己の身を護り、精霊に波長を合わせ、式として下るようにいわば命令するのだ。
 それにはいったいどれほどの気力と体力が必要になるのか、対峙した精霊の霊力は月夜がこれまで感じたことのあるそれとはまるで比較にならなかった。

――これを、本当に調伏できるのか?

 月夜は想像していた以上の力を秘めた精霊に、内心動揺せずにはいられなかった。
 下手をすれば、調伏するどころか自分が精霊に喰われてしまうかも知れない。
 相手は反した属性である。運よく手に入れたとして、月夜に使役できるかどうかもわからない。
 次々と、嫌な考えが浮かんでは消えた。
 けれど、これを逃せばもう次があるとは限らない。
 多少無理をしても、ここでやり遂げなければ後が無い気がした。

「南方帝朱雀の名において命ず、我が配下に下れ!」

「ギャアッ! ギャアアア! ギャアア!」

 精霊は鎮まるどころか、ますます猛り狂った。

――精霊とはこんなにも狂暴なものなのか?

 月夜は焦りを隠せず後ずさった。
 白童が云っていたことを思い出す。

『精霊もいわば神。滅多なことで暴れたりはせぬ。が、もしそういったことがあるとすれば…それはおそらく、近くに己と相反する存在を感じるからだろう』