雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜

 月夜は頭から冷水をかけられたように固まった。
 恐れ多くも神に対し、下足呼ばわりする魔物など、世界広しと云えどこの男以外存在しえないだろう。
 当然のこと、帝釈天の顔もどこか強ばって見える。
 平然と対峙しているのは、雪だけであった。

「……そうか。ならば……童子がわたくしのモノとなれば、もれなく貴君も大人しくついてくる……そういうことか?」

「な……っ」

 月夜は叫びそうになり、慌てて口を押さえた。
 雪ほどではないにしろ、帝釈天の暴言には反論せずにはおれない。

――お前らアホかーっ!

 雪といい神といい、人をおもちゃでも奪い合うように扱い、本人のことはまるで無視だ。
 これが腹を立てずにおれようか?
 月夜はワナワナと肩を震わせた。

「ありえん」

 雪はキッパリと云いきった。
 帝釈天が眉をひそめる。

「まさか羅刹天……すでに童子を――」

 またも月夜を差し置いて、二人の間に異質な空気が流れた。
 が、次の瞬間、帝釈天は壊れたように声をあげて笑いはじめた。
 腹を抱え、あの美しい顔にシワを刻んで笑いこける。

「き……貴君、よくもそのような恥知らずを……っ」

 事態が飲み込めない月夜はひとり、訝しげに帝釈天を注視した。
 雪は黙ったままでいながら、いつのまにか身体がもとに戻っている。

「その童子が真実ミトラの子であるなら、さすがの貴君も無事ではすまぬであろうよ? そのときが楽しみじゃ」

 手のひらをかえしたように、突然帝釈天から敵意が失われた。

「貴君の愚かな行為に免じて、今は退くことにしよう。次に逢うときまで、その気紛れが揺らがぬとよいがな…」

 そう云い残し、神は風を巻いて消失した。