「……何か、あったんですか?」


 言葉が口をついて出ていた。桐生さんはしばらく沈黙を貫いた後、口を開いてゆっくりと話し出す。


「……また、来たんだ」


 “また”?“来た”?アルバイト先の喫茶店のお客さんのことかな……?


「……誰がですか?」

「……」


 すると、桐生さんは再び口を閉ざしてしまった。名前を出したくないほど嫌な人なのか、私には言えない人の名前なのか。まあ、なんにせよ……。


「言いたくないのなら、無理には聞きませんが……」


 無理に聞き出すのは好きじゃないので、気にはなるけれど……仕方ない。

 しかし、次の瞬間、桐生さんは思いがけない人の名前を口にした。


「……本田洋佑、だ」

「──え、えっ?!」


 洋佑が……桐生さんがアルバイトをしている喫茶店に、来た?

 名前を聞いた途端、心の奥底から言い表せない何かが込み上げてきて、涙で視界が滲んだ。そんな私を、桐生さんはギョッとした表情で見る。


「……本田洋佑に、会いたいのか?」

「……そうだと、思うんですけれど……なんだか、自分でもよく分からなくて……」


 「会いたいか」と問われれば、そりゃあもちろん、会いたい。