「ひととせ……?」
喜美子を目の敵としている二人と違い、貞夫が気になったことをすんなりと聞けば、喜美子は笑って返してくる。
「春夏秋冬と書いて、それで『ひととせ』と読むんですよ」
「変わった名字ですね」
「選ばれた名前です」
は?と貞夫が首を傾げる前に、喜美子は胸を張るように言ってみせた。
「旦那側の姓なのだけどね。昔、難読漢字とかで旦那の父親が一度変えてしまったんですよ。馬鹿な父親よねぇ、神経を疑うわ。
春夏秋冬(ひととせ)だなんて、恐らくもう日本にはない姓だというのに、それが嫌だからって家庭裁判所に変更申請しちゃって。
もちろん、ウチの旦那はその父親みたく馬鹿じゃなく、自分が『選ばれた人間』だと分かっていたからこそ、また春夏秋冬に戻したわけだけど、大変だったわぁ。
あちら側が渋るものだから、わざわざ弁護士を雇ったり、春夏秋冬の姓を取り戻すには一年近くかかったかしら?
ええ、でも当然のことですよね。『選ばれた人間』には相応しい名前が不可欠ですから」


