生にすがる生き汚さ。――とは、矛盾する行為。
渉が懇願するは神ではなく悪魔の類いであろう。
願いを叶えるかどうかも分からない、叶えるならばお前の命を寄越せというような――懇願者の足元を見るような下賤と話すのが間違い。
懇願(はなし)をすることこそが、死期を縮めてしまう輩に生きたいと言うのが間違っている。
いかに救済できるのは藤馬と言えども、渉は明日死ぬ身ではない。三年もの月日があれば、あわよくば“奇跡とやらに会えるかもしれない”。
そこを鑑みずに、わざわざ自分から悪魔に近づくような真似を――下手したら、明日死ぬかもしれない事態を手招く奴にこうも生きたいと言うのは自殺行為だ。
故に、矛盾。
生き長らえたいのか、死に急ぎたいのか。生き汚いならば、死へと直結する馬鹿な真似はしないだろうに。


