だから、僕は“一人になっても安心して”いられました。 “本来の家族がいなくなったところで、五十鈴さんたちがいるなら構わない”だろうから僕は――伯母さんがああなっても、一人で生きていける決心が持てました。 僕の重要点たる一人が、さらに重要な――最重要な問題となったのは、その年の秋半ばだった。