「逃げるなっ、これはお前のためなんだぞ!呪われたままでいたいのかっ、周りを不幸にさせる前に、あたしがお前を治してあげるから!だから――じっとしていなさい!」
叩くこと、傷つけることに、正統性を見いだした伯母さんはやりたい放題だった。
これは僕の持論だけど、人というのは役割を得て幸福を得る。自分でも何かの役に立てるという価値を役割で見いだし、それが生きがいにも繋がっていくんだ。
伯母さんの叩く行為も『社会的立場においての役割』に分類させられる。
守るべき子供を呪いから救い、周りに害なす病原菌たる呪いもはね除けるために、“浄め儀”という正当化された『誰かのため』を行使し、伯母さんはそんな役割がある己に価値を見つけて自尊心を保った。


