子供にお金の話をし、これから自分は頭を下げて減額を要求することがかなりの恥に思えた。
それでも、渉の養育費が浮けば娘の習い事を一つ増やせるないし、年単位で見れば旅行に行く回数を増やせるかもしれない。
実を言えば、娘が産まれた年に養育費の減額を喜美子にし、希望通り減らされたわけだが、それもまた微々たるもの。
翌年になってまた再度減額を求めたが、その時は既に喜美子が精神病棟に入院し、渉の保護者が代わった後。この保護者が持田なわけだが、喜美子よりも手強い相手だった。
法律関係に詳しいらしく、あれよあれよと減額の話を不当にされてしまったのだ。こちらも弁護士を頼めばいいと思ったが、養育費の問題で裁判沙汰になるのは体裁が悪いし、時間がかかる。
半ば、諦めてはいたのだ。後何年、後何年だからと“致し方がなく払っていた”。


