ああ、失敗した。
カフェに寄るなら会社の近くの店にすればよかった。
さっきの香り高いコーヒーが恨めしい。
「今日もいい天気ですね」
山村は当然のように私の横を歩き始めた。
ここで逃げるのは不自然だ。
一緒に駅へ向かう以外に道がない。
「……そうですね」
避けたいし離れたいし顔も見たくないのに、仕事関係の人間であるため無下に扱うこともできない。
さらに、彼が勤めるオリエンタル・オンと私が勤めるイズミ商事へ向かうには、ここから同じ方向の電車を利用する。
ああ、本当に失敗した。
「弦川さんは、独り暮らしなんですか?」
山村は爽やかな笑顔で、遠慮なく私のプライベートを探ってくる。
“近所に暮らす取引先の女子社員との何気ないコミュニケーション”のつもりだろうが、私があの時の「つる子」であることを思い出されるのが怖いから、あまり本当のことは言いたくない。
かといって取引先の人を相手に、下手な嘘をつくわけにはいかない。



