午後9時過ぎ、渋谷。
地下鉄の階段を上がって、待ち合わせ場所までの50メートルだけ猛ダッシュ。
今回のお相手は、銀行に勤める久本(ひさもと)という男性だ。
「久本さーん! すみません、遅くなっちゃって」
大袈裟に息を切らす。
急いで来ましたという演出だ。
「お疲れさま。誕生日にまで残業だなんて、大変だったね」
「仕事は誕生日なんて関係なく降りかかりますから」
もちろん嘘だが、久本は少しも疑わない。
「ご飯は食べた?」
「ええ。所長が気を使ってくれて、デパ地下デリカを買ってきてくれたんですよ」
他の男とフレンチを食べていたというのは、もちろん秘密だ。
嘘を信じた彼は、眉を下げて笑った。
「ははは、太っ腹な所長さんだね」
「デザートにプリンまで付けてくれたので、正直、お腹はいっぱいなんです」
「そっか。じゃあ酒だけでいいかな?」
「はい」



