上機嫌の彼に、感謝の意を込めてもうひと押し。
「これ、着けてくれませんか? 私、今夜はこれを着けて過ごしたいです」
思い通りに動いてもらうためには、気を持たせておくことを忘れてはいけないのだ。
原口は快く私の後ろに回り、やや慣れた手付きでネックレスを着けてくれた。
「真咲ちゃん。この後、どうしようか?」
原口が近い距離で、囁くように尋ねる。
大いに色気を込めて誘っているのだと、理解はしている。
私に判断を委ねるところがスマートな彼らしく、実に都合がいい。
誘いに乗りたい気持ちがないわけではない……と思わせておくのが、私の常套手段。
「ごめんなさい。今日はこの後、家族とケーキを食べる予定なんです」
もちろん嘘だ。私は一人暮らしである。
本当は他の男2人との予定があるが、それは決して口に出してはいけない。
原口は嫌な顔などせず、かすかに肩を落とした。
「そっか。実家暮らしだもんね」
「はい。誕生日は毎年、母がケーキを焼いてくれるんです」
これも嘘だ。
私の母にケーキなんて、焼けるわけがない。
私の8割は嘘でできている。



