山村由貴は、私をこんな女にした張本人だ。
でもきっと大丈夫。
彼が私に気付くわけがない。
私たちが最後に会ったのは、もう15年以上前なのだから。
私は当時とは顔も髪型も違うし、彼は私のことなど覚えてすらいないだろう。
私は動揺を噛み殺し笑顔を作った。
「オリオンさんの担当は、高田(たかだ)さんだったかと思うのですが」
「はい。実は高田が体調を崩してしまいまして。この度、私が担当させていただくことになりました。よろしくお願いします」
彼がうちの担当? 冗談じゃない!
うっかり口から出そうになるが、気合いで言葉を飲み込み恭しく頭を下げる。
「さようでございましたか。これからよろしくお願いします」
どうしよう……どうしよう。
「つきましては、所員の皆様にご挨拶させていただきたいのですが」
そんなのいいから、早く帰って。
「あいにく今は私ども事務の者しかおりません」
だから、早く帰って。
「それでは、名刺だけでも置かせて下さい」
そんなこと、しなくていいから、私からちゃんと言っておくから、今すぐ帰って……!
そう言いたいのに、言えないのが悔しい。
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
山村が爽やかに微笑み、きっちりお辞儀をして私の前を通り過ぎる。
脚が微かに震えている。
封印していた過去の辛い記憶が、強制的に引き摺り出されていく。
私はその不快感に耐えることしかできなかった。



