けれど、その日、僕は晃子さんから、初めて知る話を聞かされた。


「違うの」


「え、違うって?」


「私が……、あのひとから離れたの」


あのひとのバンドがメジャーデビューしてから、売れるために音楽性を変えようとするスタッフやメンバーと対立したとき、晃子さんは、あのひとの味方でいられなかったのだという。


バンドを解散してレコード会社との契約も破棄すれば、次、いつ再デビューできるかなんてわからない。


不安で仕方がなかった晃子さんの口から出たのは――妥協すればいいじゃない。

今は我慢してよ。

もっと売れてから好きなようにすればいいでしょ――そんな言葉だった。


悩んだ末に、あのひとはバンドを続けていたが、そんな状態で上手くいくわけもない。

やがて、バンドは解散し、晃子さんとも別れた。


あのひとが姿を消したのは、それから二カ月後のことだった。


晃子さんは、安定した生活が欲しかったのだと言った。

結婚して、子供を生んで、それだけで良かった。

ささやかな幸せが欲しかっただけ、と。


「あのひとが居なくなったとき、みんな私に同情してくれた。けど、本当はあのとき、私たちはとっくに別れてたの。引越しの関係もあって、一緒に住んでいただけ。まさか、みんなの前からいきなり居なくなるなんて思ってなかったから。だから……、私……」


晃子さんは、そう言って泣き崩れた。

今まで誰にも言えなかった事実を吐き出し、抑えきれなくなったのだろう。