「もうすぐ消灯時間よ。部屋に戻りなさい」
8畳ほどの娯楽室をのぞくと、ささくれだった畳に寝そべったいくつもの顔がこちらを向く。
いずれもよく日焼けしていて、活き活きとしている。
「はあい」と間延びした返事。
のそのそと立ち上がりながら、彼女たちの中の一人が言った。
「真琴さんってさ、泰輔先生とここで知り合ったんでしょ?その時から付き合ってたの?」
またそういう話をしてたのね。
出逢いとか恋に興味のある年頃の彼女たち。
毎晩のようにこの部屋に集まって、ヒソヒソと顔を寄せ合ってはその話題で盛り上がってる。
それが何よりも楽しいひとときに違いない。
「まさか。彼は私よりも8つも上よ。当時は話すらしたことなかったわ」
私がそう答えると、すかさずもう一人の少女が訊いてくる。
「えー!じゃあなんで結婚することになったのぉ!?」
きゃーと甲高い声を上げながら、彼女たちは私を取り囲んだ。
「聞きたい?」
「うん!」
「もちろん!」
ちらりと時計を見た私は腕組みをした。
「今夜はもう遅いから、明日ね」
えー!っと一様に口を尖らせる彼女たち。
「はいはい、部屋に戻って」
強制的に娯楽室の部屋の明かりを消すと、しぶしぶ彼女たちは自室へと戻っていく。
「約束だからね、明日絶対聞かせてよ」
念を押された私は、わかったわよ、と軽く手を挙げた。
古い木造のなつみ園。
廊下のがたつく窓を閉めようとして、手が止まった。
建物から漏れる光で、ぼんやりと中庭が浮かび上がる。
そこには3つのシルエット。
細めで小柄な2つは、なつみ園きってのやんちゃ組、タケルとハルキ。
そしてもう一つの背の高いシルエットは、夫、泰輔のもの。
タケルとハルキが、通う中学校で殴り合いのケンカをして相手に怪我を負わせたという。
彼らにも言い分があるのだろう、それを泰輔は腕組みをしたまま黙って頷いている。
夕食後、泰輔がふたりを呼び出したのは知っていたけれど、こんな時間まで…
かれこれ2時間は経つ。