話を始める前に「なにか飲むか」と訊ねた先生に、さーちゃんが首を横に振った。 先生の袖口を握りしめる。 ふわりと肩を抱かれる。 その行為にどきどきする余裕などなく、これからこの静寂のなかに落とされるであろう言葉を待つ緊張に、胸が張り裂けそう。 先生は、物語を読むように、いたって穏やかに、思い出をなぞっていった。 「俺はべつに最初から解離性同一障害……つまり二重人格だったわけじゃない。 もともと、俺の人生はひとつとして始まったはずだった――」