焦らすように耳元を触られ、心臓が徐々に鼓動を速めていく。
「そ、そんなことより。渚さんに悪いので、こういうことは駄目だと思います」
「渚だけ? 兄貴には悪いと思わないの?」
「いや、一馬さんも、だけど……」
焦りながらつけ足した私に、拓馬が小さく笑う。
「奈雪さ……兄貴の婚約者なんて嘘だろ。本当は、付き合ってもいないんじゃないの」
「え……どうして知ってるの!?」
もしかして、一馬さんが本当のことを教えたとか?
「──そっか、やっぱり嘘なんだな」
くちびるの端を歪めて笑い、拓馬は私の上から体を起こす。
「な、ひどい! カマかけただけだったんだ」
愕然として叫んだ私は、ベッドの上に起き上がり、乱れたスカートの裾を直した。
「そんなことしなくても気づいてたよ。奈雪は、兄貴の好みと全然違うし。婚約者なんて無理がある」
「私、一馬さんの好みとは違うんだ……」
ぽつんとつぶやいた私の一言に、拓馬が不快げに顔をしかめた。
どこかで私のことをほんの少しくらいは気に入ってくれているのかも、と自惚れていた。
だけど本当は、偽装婚約の名の通り、全く私には心が傾いていなかったんだ……。
「楓さんを見たよな、あんたとは全然違う。そんなに兄貴の好みになりたいの?」
「そうじゃないけど……」
私が緩く首を横に振ったとき、部屋の外から誰かの声がした。



