密会は婚約指輪を外したあとで

渚さんにもあんな風にキスをするのかと思うと、涙が溢れてくる。

拓馬は頬に零れたその雫を、いつもの意地悪な人とは思えないくらい優しく拭っていった。

ただの気まぐれの相手に対して、こんなにも切なげに見つめてくるものなのか。

遊びや二股の経験がない私には、未知の世界だ。

キスの余韻にしばらく酔いしれていると、突然、扉をノックする音が響いた。


『ラストオーダーのお時間ですが──』


もう、ここを出ないといけない時間が近づいたらしい。

ラストオーダーのことを失念していた私は、慌てて拓馬から離れる。


「続きはまた後でな」


妖しく囁く拓馬は、何事もなかったとばかりに冷静にスタッフの人へ『いえ、いいです』と応えている。


結局、彼へ本当の気持ちを伝えることはできなかった。

『好き』という2文字を口にするのが、こんなに難しいこととは知らず。曖昧な関係のまま終わった。