密会は婚約指輪を外したあとで



私たちは人目を忍んで、滅多に利用することのない駅で降り、個室のある小さな居酒屋を選んだ。

平日のせいか店内はさほど混んではいない。すぐに席へ案内された。

個室の中はシンプルな造りで、広々としたセピア色の半円型ソファと丸テーブルがあるのみ。

一人分のスペースを空け、先に座った拓馬の右隣に腰を下ろす。


「それ、兄貴にもらったんだろ」


ドリンクとフードを注文したあと、拓馬は私の左手に視線を向けながら訊いてきた。

やっぱり、地下街でのやり取りを見られていたらしい。

無意識に右手で指輪を隠すけれど、すでに遅く。拓馬の長い指が私の左手をつかまえた。

彼の爪は細長く、羨ましいくらい形が整っている。


「兄貴のヤツ、とうとう勝負に出てきたんだな」


適度に温かい手のひらが、私の手首を軽くなぞった。

そんなふうに触れられたら、速すぎるこの脈に気づかれてしまう。

すると拓馬は、婚約指輪を様々な角度からじっくりと眺め始めた。


「──なるほどね。娘のためなら手段は選ばないってことか」


何がなるほどなのか、よくわからないけれど、瞳の奥に静かな怒りを含んでいるのは確かだった。