密会は婚約指輪を外したあとで

この前のキスを思い出し、私はますます彼の顔を直視できない状況に陥る。


「あの……今日は時間を作ってくれてありがとう」


アパートの階段を下りながら、どこかよそよそしくなる自分の台詞。


「いや。俺も聞きたいことがあったし」

「そっか……一馬さんにはもちろん、私と会うことは言ってないよね?」

「ああ。出かける前、兄貴に誰と会うのか聞かれて内心焦ったよ」


言葉ほど動じてはいない様子で拓馬は薄く笑う。


これは、まるで密会だ。

二人きりで会うことは誰にも知られてはいけない。

渚さんに知られたら、きっと良い気持ちはしないはず。

一馬さんにもバレたら、契約違反ということで、今まで支払ったお金を全額返してと要求してくるかもしれない。

私はそっと、左手の婚約指輪に触れた。


今夜の拓馬はタンクトップに白いシャツを羽織り、黒のジーンズを合わせモノトーンの装い。

月明かりのせいか、いつもよりさらに凛々しく見える。

気づかれない程度にちらちらと拓馬の整った横顔を盗み見ていたら、彼は低い声で何かをつぶやいた。


「今日、車で来れば良かった」